牧 野 信 一
「居酒屋の聖人」を読んだ後、何を読もうかとめくった本の中に、「牧野信一」なる人物の名前を見たときの私の驚きようといったら!
この作品の一つ前、坂口安吾「居酒屋の聖人」の文中に、<20年来蝶を採り続けている牧野信一>なる名前がでてくる場面があったからである。
読んでいる私は、牧野信一氏が作家であることも、坂口安吾を見出した人物であることも、まったく知らずにいたのである。
文学を学んだことがないとは言え、きっと、何も知らずは私ばかりなり、である。リスナー諸氏の中には、思わず笑いをこぼされた方もいらっしゃるに違いない。
「居酒屋の聖人」に書かれたように、蝶を追っていた牧野氏の様子は、この作品の中に出てくる、植物の名前にも伺える。

蔓苦菜(じしばり)  蔓茘枝(つるれいし)  葦(よし)           鮠(はや…作品中は、「はえ」と振り仮名)  石斑魚(うぐい)
山毛欅(ぶな)    槙(まき)         海棠(かいどう)      荊(いばら)     楤木(たらのき)
連翹(れんぎょう)  鋸歯朶(のこぎりしだ) 孔雀歯朶(くじゃくしだ)  へら歯朶

以下は、
この本、「短編礼賛~忘れかけた名品」大川渉(わたる)編/ちくま文庫の解説(大川氏執筆)より、
坂口安吾氏と牧野信一氏の関わりを書いた箇所の抜粋である。

『―昭和6(1931)年、牧野を編集主幹とする雑誌「文科」が刊行された。
 牧野が“目利き”だったことは、稲垣足穂、嘉村磯多、小林秀雄、坪田譲治、井伏鱒二、河上徹太郎、堀辰雄、三好達治らが、この雑誌の執筆者に名を連ねたことで分かる。坂口安吾を見いたしたのも牧野だ。
 この年、安吾が同人雑誌「青い馬」第2号に発表した『風博士』について
(ここでも朗読していますので、聴いてみてください♪)、 「文藝春秋」の付録に書いた文章で激賞。 続く同誌第3号に発表した「黒谷村」も、島崎藤村、宇野浩二とともに絶賛し、安吾が文壇に認められるきっかけをつくった。』

牧野信一氏は、
この「繰舟で往く家」を書いたちょうど1年後の昭和11(1936)年3月24日、神奈川県小田原市の生家の納戸で、首をつって自殺した。
坂口安吾は追悼文「牧野さんの死」で、

「牧野さんの自殺の真相は彼の生涯の文章が最もよく語っている。
 牧野さんの文学は自殺を約束したところの、自殺と一身同体の(註:「一心」を「一身」と表記)、の文学だった」

と記している。(同解説文より)
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番号 作  品  名 収録年月日/備考
01

『繰船で往く家』 (1) (2)

02
『鬼涙(きなだ)村』 
<1>前編  <2>後編 
 

2009/11/10
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