夏 目 漱 石 (慶応3年(1867)〜大正5年(1916))

●名主夏目家の5男3女の5男として生まれ、金之助と命名。
 慶応3年は、明治維新の前年で、パリの万国博覧会が開かれ、日本がはじめて参加、浮世絵などを出品した年で、ボードレールが没している。
 漱石は、生後すぐに、里子、養子に出され、不遇であった。
●東大在学中に、正岡子規を知り、生涯友人として親交があった。
●明治33年(1900)イギリスへ国費で留学(1903年帰国)因みに、5歳年上の森鴎外は、明治17年(1884)ドイツへ留学(1888年帰国)しており、13歳年下の永井荷風は、漱石が帰国した明治36年(1903)外遊に出た。
●帰国後、一高、東大の講師を勤め、日露戦争が終焉した明治38年(1905 39歳)最初の小説「我輩は猫である」を雑誌「ホトトギス」に連載、好評、文名を高める。
●「草枕」(明治39年)「坊っちゃん」(明治39年)で、注目を集め、明治40年、教職を辞し、朝日新聞社に入社、作家生活をはじめる。「三四郎」「それから」「門」3部作を朝日新聞に連載。その後、「彼岸過迄」「行人」「こころ」「道草」を朝日新聞に連載続ける。
●明治43年(1910)胃潰瘍で、大吐血、その後、死ぬまで悩まされた。
●大正5年(1916 49歳)胃潰瘍の悪化により死去。「明暗」が絶筆となる。翌年、世界第1次大戦が終わる。
●門下生に、小宮豊隆、鈴木美重吉、芥川龍之介、内田百間など優れた人材が揃っていた。
●朗読にとりあげた作品は、いずれも東京、大阪の朝日新聞に明治41年(1908)から42年にかけて執筆された小品集です。

「永日小品」・・・・・・25の短編集
「文鳥」・・・・・・・・・・大阪朝日新聞に掲載(明治41年6月)
「変な者」・・・・・・・・「文鳥」に刺激され、東京朝日に掲載(明治41年7月)
「夢十夜」・・・・・・・・「こんな夢を見た」という書き出しが有名な10の不思議な夢物語

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番号 作  品  名 録音年月日/備考
01 永日小品  
02 文鳥 2007/06/28
2015/04/20 更新
03 変な音(1) (2) 2007/05/13
04 夢十夜
05 硝子戸の中   2009/01/25〜2009/04/29
2009/08/23 更新
06     2009/05/17〜2010/02/22
2010/10/19 全編更新
07 それから  new! 2011/05/29〜